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山旅月間

2015/11/10 10:11
徐々に紅葉は標高を下げ、マキノの里山まで下りてきました。
今年は残暑がなく涼しかったためか、寒暖の差が足りないようで、鮮やかさが少し物足りない感がありますが、それでも絶妙な色彩は我々日本人の持っている繊細な感覚を揺さぶってくれます。
雪は10月上旬に3000m付近、中旬ころ2700m付近(白山の初雪が10月14日だったと思います)に着雪します。紅葉と雪景色が交じり合うのでこの時期の山並みがサイコーなんです。
今秋に訪れた剣岳、白山、高島市朽木の三国峠、チブリ尾根から別山の写真をUPさせて頂きます。
マキノの山々は今がシーズンです。そろそろ出かけてUPしますが、それは次回という事で!

白山(10月中旬)
まずはみんな楽しい吊り橋通過!
別当出会い登山口にて
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心と体をゆっくりなじませながら高度を上げます
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白山の山頂が見えてきました。10月14日が初冠雪です。
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山小屋にて休憩です。雲を見下げてティータイム
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山頂付近は雪です
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夕日と紅葉を見ながら帰ります
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高島市朽木・三国峠(11月上旬)
この時期になると高島トレイルのピーク付近は紅葉パラダイス!
落ち葉のジュータンをザクザク踏みしめます。
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石川県側より別山(11月上旬)
白山の南側にある2399mの山です。チブリ尾根という結構な健脚向きのコースを往復します。スローペースで片道6時間弱もかかってしまいました。
前日の夜は軽くミーティングです。市ノ瀬登山口にて車中泊
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朝は少し冷え込みいい感じ
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深い森を抜け森林限界を超えると、別の次元に来たかのような感覚に襲われ、一種の陶酔状態になります。
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着きました!
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1本だけの青空ビール!北アルプスの山並みにカンパ〜イ!
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落ち葉を踏みしめ帰ります。
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チブリ尾根は原生林に近い雰囲気があります。
ブナやトチなどのサイズがハンパなくデカいエリアで、あまりこういう雰囲気を味わえるところはないような気がします。
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夕空ビールはお預けですが、完全燃焼の1day別山でした。
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剱沢にて

2015/10/08 09:53
2015年の夏休みが終わり、今年もたくさんの方々にご利用いただきありがとうございました。10月に入り、宿の方もひと段落しましたので、勝手に恒例にしつつある山歩きに行ってきました。

色とりどりのテントと紅葉を横目に、雷鳥沢を通過。
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雷鳥坂を登り、剣沢を下ります。
今日は剱岳に足を向けて寝ます。
前からちょっとやってみたかった事のひとつです。
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恐ろしくやることがないので18:30にはシュラフにもぐりこむ。
寒いし風邪気味だし、足はだるいし、工程が長いし、翌朝はゆっくり帰ろうかなぁ・・とできない理由を並べつつ消灯。
夜中目を覚せば月夜と満天の星空でしかも無風。
結局4:30スタートで剱岳を目指すことになりました。
頂上直下ですが岩に人が3人貼り付いているのが見えますか?
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高度があがり息も上がる。
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剱岳山頂に8:00頃到着。
景色を静かにかみしめ無事下山。
剱沢で荷物をまとめてふらつきながら室堂へ。
体質改善(バージョンアップ)を誓いながら立山を後にしました。
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帰ったら稲刈りや薪割、週末のお客様の準備など、日常スタイルにチェンジです!
ありがとうございました!

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初夏のびわ湖

2015/07/04 07:06
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日差しが暑くなってきました。湖面に浮いていると時折吹く風が心地よく、のんびりととした1日でした。海津大崎の観音寺の真下にて。
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Gold Coast

2015/05/21 14:15
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3月から4月にかけて移動含む延18日間(それでも正直チョット足りない)タスマニア島を周遊し、オーストラリア東海岸のバイロンベイからゴールドコーストを経由して帰国したのですが、行く前に詰め込んだ知識やイメージと等身大のタスマニアとの溝を何となく埋めることができたように思います。タスマニア島といえばとにかく手つかずの原生地域と生物の多様性ですしそれに異論はないのですが、豪快で荒っぽい自然破壊の片りんがチラホラあった事も率直な感想です。とは言っても文明の近くに原生地域と動植物が完璧なまでに保護されているわけで、その事自体稀ではありますし何度でも訪れてみたい場所です。そして、残された筋金入りの原生地域は人間がアクセスしにくかったという理由のほかにも大きなポイントがありそうです。

タスマニアのナショナルパークの誕生について触れてみます。当時、開拓者サイドから見たら必要な開拓だったのかもしれませんがアメリカの西部開拓と同じように、原生破壊、支配、強制労働、アボリジニの駆逐などドえげつないパワープレイの歴史でもあります。(以下想像)利害関係が一致する牧畜業者、林業者、政治家、資本家、投資家、弁護士などのイケイケチームと自然破壊を食い止めるチーム(自然保護活動団体など)との摩擦が破壊スピードを緩める要因になったなのかもしれません。止めるチームの努力がなければ破壊から破滅、破綻に向かうスピードを加速させた事でしょう。(我が家もこの旅行で財政破綻しない様に真面目に精進します)もしくは、イケイケチームまでもが、「旦那この辺にしときやすかい!」と言わしめるほどこぞってギリギリまでやってしまったか?正確にはわかりませんが一つ確かなことは、「人間も自然の一部なんだぜ〜」ということを100年前に考えていた人間が存在し国立公園という形あるものにしていたという事実。自然保護のために権力者にもの申し、社会的にも政治的にも認知され市民権を得たからこそ多くのナショナルパークと保護エリアが成立したのかな?と勝手に推測してます。100年前の日本人は環境保護に対する意識が低かったというよりも必要性がなかったのかもしれません。明治の文明開化とはいうものの、まだまだ多くの日本人は動力に頼らず(あまりなかったという事も言えますが)牛の力と人力で田畑を耕し、土着的かつ質素であり、自然に融和し、祭られた神を崇め、自然への負荷は再生可能な範囲のものとして生活をしていたのでしょうし、明治生まれの祖父や祖母が実際そうでしたし、その昔の一揆のようにさし迫って突き上げる必要がなかったのかもしれません。このようなことは誇れる歴史なんでしょう。まぁこの辺の話はテキトーですのでスルーして下さい。

とにかく、タスマニア行きの決定打は手つかずの原生地域と恐竜が似合う太古からの冷温帯雨林に身を投じて何か感じるものがあるのではないか・・・という期待からです。*それとアドバイス頂いた色んな方々とのご縁のおかげです。とうとう中学に入ってしまうという娘(何だか寂しい)は入学式とオリエンテーリング合宿をアッサリ欠席しました。(よしよし)息子の始業式も同様です。(初めてではないですが…)戦前生まれの父は「旅行が理由で入学式にでーへんってか???」っと、西から昇ったお日さまが東に沈むくらいの出来事だったようです。僕はその時の空気を思い出してニヤニヤしてしまうのですが、当の子ども達はどうだったのでしょうか?さぞかし人生観ちゅーもんが変わったやろ!と押し売り気味に眺めていたのですが、関空に着いた子ども達の開口一番は、、、。やっぱ日本やで〜日本がイチバンやな!まずはうどん、それと寿司!ラーメンもええなぁ、USJ寄って〜?でした。(すべて却下ですけど)オイオイ、何を見てきたのかな?

これでいいのだ!


おわり
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Byron Bay

2015/04/28 15:15
タスマニア島から少し寄り道をして帰ることにしました。
タスマニアの原生林地帯から一変します。

宿泊地は「まぁ、どっか空いてるやろ〜」という根拠のない自信でバイロンベイにやってきたのですが、情報をリサーチするとキャンプサイトが何処もいっぱいです。仕方なく初日は50kmも離れたモーテルに泊まる羽目になりました。
しかし割といいロケーションではないですか!釣りやカヤックをやっている人がいて、なかなかいい場所でした。
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さてバイロンベイについてですが、ビーチとサーファー、ヒッピー色が強く、アーティスティック、観光地、オーガニックマーケットがあり、アウトドアも出来て???
25年前のバイロンベイ(サーファー達とヒッピー達)を知っている友達曰く、オシャレタウンに変わったんちゃう?という一言で符に落ちる。
第一印象、オッサンには疲れそうやな・・・。
と思いきや、4日目には心地のいい場所となっていました。
サーフィンしといたらよかったな・・・今からでも間に合うかな・・・とひそかに考える自分がそこにいました。
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2日目以降はビーチに近いキャラバンパークでテント場を確保!まずは一安心です。
パークで小学生の息子がリフティングをしていたら、子ども達が集まってきました。
コスタリカ、OG、JPNの子ども達は、ろくすっぽ言葉も通じないままボールを蹴ってます。
息子に面白かったか?と聞くと、面白いけど、嫌な奴が一人いて俺に中指立ててきたやつがいた。しかも何回も、、。
そいつは他の大きなコスタリカ人のお兄ちゃんに泣かされて、それを見たコスタリカ人のお兄ちゃんのオヤジが出てきて叱られていた・・・。
とまぁ、ぐちゃぐちゃになりながら、ちょっとした国際交流が出来たようでした。
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ここまで蹴り倒されれば本望です。
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つづく
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Cradle Mountain National Park

2015/04/25 10:26
次は進路を北西にとり一路クレイドルマウンテンへ。
時速100kmのカントリーロードです。
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Cradle Mountain National Park
オーバーランドトラック(Over land track)
Ronny CreekからLake St Clairまで5泊6日の工程でコースが整備されています。
行きたいところですが、今回はRonny CreekをスタートしてOver land trackから、クレーターフォール、クレーター湖、ウォンバットピーク、プール(小さな湖)、リラ湖、ダフ湖までの湖めぐりトレッキングにしました。
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車いすでもトレッキングが出来るよう整備されています。
アウトドアの先進国の粋な計らいです。
センスの良さを感じます。
*赤ちゃんを背中に
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ダフ湖とクレイドルマウンテン(Lake Dove and Cradle Mt)
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リラ湖(Lake rilla)
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クレイドルマウンテンロッジにて
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左端に2匹いるのがタスマニアンタイガーで1900年代初めに絶滅してしまった固有種です。木材を取り出したり牧場をつくるために多くの原野の伐採が繰り返され、彼らの住む場所を奪っていきました。さらに羊を食い荒らすために、多くが射殺されてしまいました。自然と動物と人間(アボリジニー)は、何億年という長い時間の経過によるそれぞれの進化を繰り返し、寸分の狂いもない絶妙な間合いで同居してきたはずです。産業革命後の人間の行為はパワーバランスを崩し彼らを追い込んでしまったのです。
こちらを見ているタスマニアタイガーは、そのような事を静かに訴えているのかもしれませんね。


つづく


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Freycinet National Park

2015/04/22 22:39
さて次の目的地はフレシネナショナルパークです。
ワイングラスベイは世界10大ビーチと言われるほどの、エメラルドグリーンのビーチです。また二万年前からアボリジニーがいたらしく、彼らの生活道路の一部が今のトレッキングコースとなっているようです。
1912年(と思います)にナショナルパークになった歴史のある場所です。
Coles Bayでキャンプをする予定でしたが・・・。
あいにくの天候で、突風が吹き波は大荒れ。
テントが吹っ飛びそうで、細かい砂も舞い上がる状態です。
今晩寝る場所が決まってないのでビジターセンターで現地のアドバイザーと相談することにしました。
英語ができない私は、気合いでカウンターアタックを仕掛けます。
エクスキューズミー!
*声は大きくハキハキと
トゥデイズ ナイト マイ プラン イズ テント!
ノーノー、キャンピング!
*なきなしの単語を絞り出す。
バット ベリー ストロング ウインドウ アンド デンジャラス デイ!
アイ シンク マイ プラン イズ チェンジ
*伝えたいことを正確に!
ドゥ ユー ハブ ロッジ オア B&B オア アパートメントホテル アンド モア チープ オーライッ?
キャン ユー ブッキング OK?
*伝わったか?
今夜の寝床がかかっていますので、旅の恥は・・・です。
こんなやり取りをしながら、言いたいことを伝え、そしてめでたくキッチン付きのアパートメントを確保することが出来ました。
おまけに、you'er English is very good! と言われ上機嫌です。
夜はアパートメントにて、タスマニアワインで終了です。
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次の日は、朝5時に起きて早朝トレッキングです。
ヘッドランプを付けて朝焼けのワイングラスベイや太平洋からの日の出を見る為にハイクアップですが、あいにくの曇り空で、期待通りとはいきませんでした。
しかしながら、ワイングラスベイを眺めながら静かな朝を迎えました。
Wineglass Bay Lookout
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早朝の漁船
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低い山ですが、海抜ゼロから一気に600mほど立ち上がるので、なかなか迫力のある光景です。
オーバーナイトでMt Freycinetに行きたいところですが、今回はピークハントが目的ではないので、ここから眺めておきます。
しかし、いつかは時間を気にせず気の向くままにキャンプをし、あの頂から見える光景を見てみたいとひそかに思うアラフォーでした。
Mt Freycinet(右) Mt Graham(左)
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ナショナルパークの料金表。
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ここも、Mt Fieldと同様に1週間ほど時間をかけて、気の向くままに過ごしたい場所です。


つづく


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Ross

2015/04/21 09:10
山岳から内陸のロスへ、そして東海岸を目指します。
州都ホバートから北のローンセストンを繋ぐルートをミッドランドハイウェイといいます。
植民地時代の面影を多く残すため「ヘリテージ街道」と呼ばれています。
この街道の2つの都市を結ぶ真ん中あたりにRossがあり、宿場町でもあった歴史があります。
空いた道路を時速80〜110kmで走れるので気持ちのいいドライブが続きます。
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Rossの歴史も古く、女囚の街でもあります。
監獄として使われた建物や囚人の労働でつくられた橋があります。
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ロスブリッジ
オーストラリアで現存する3番目に古い石の橋。
これが囚人によってつくられた橋です。
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完成した年1836年がローマ数字で彫られてます。
橋の上には、ホバートとローンセストンまでの距離がローマ数字のマイル表記で彫られています。
*クリックで拡大してみてください
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ロスベーカリーにて朝食。
1860年からこの街でパンを焼き続けている店で、魔女の宅急便、キキのパンやのモデルと言われています。
ホントかどうかはわかりません。
しかし、こんなたくさん食べれないので持ち帰りました。
おススメはホタテ(スカロップ)のパイ焼きです。
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つづく
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Mt Field National Park

2015/04/19 10:33
ナショナルパークに入るにはpassが必要です。
3か所以上回る場合には8week 60ドルpassがお得。
ほとんどの町にあるビジターセンターで購入でき、このパスでタスマニアのどこのナショナルパークも入場できます。
車のダッシュ―ボードの上に置いておかなければいけません。
レンジャーが警備や管理のため見回りをしているのですが、彼らが登録番号を見れば何処の国の誰なのかが、すぐにわかる仕組みになっています。
この様なシステムやノウハウはアウトドア大国を感じさせてくれます。
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1泊50ドル以下で借りれるハット。
夜になれば、野生動物が多くやってきます。
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ここのハットには電気がありませんが、立派な薪ストーブと水はありました。
暖と水があれば、あとは何とでもなります。
押さえるところは押さえてくれてます。
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闇夜のユーカリ。
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広葉樹では世界で一番高い種類のユーカリの仲間(swamp gum)です。
80m超えの広葉樹です。
Toll tree walk Trekking
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満点の星空で、南十字星も確認できました。Lake Dobsonエリアは標高1000mほどの山中です。
今日は平日で人は他にいません。
少し気味悪い感じもありましたが、貸切りの夜を満喫します。
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Lake Dobsonにて
50センチほどのトラウト(多分)が目視できましたが・・・
ここにはカモノハシがいるそうですが、見つかりません・・・
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Mt Field National Park Trekking
Lake Dobson Lookout Trekking
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Snow Gum Track
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Lake Seal Lookout Trekking
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ココは雪が降りますので、スキー場があるんです。
スキークラブの小屋です。
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〜追記〜
ハットを利用した3日間のマウントフィールドでしたが、ここには1週間ほどステイをしてみたいところです。
ベットが6つあるので、仮に6人で遊びに行ったとして・・・
1泊5000円×7日間÷6名=一人当たり5800円です。
食料とレンタカー代を入れても安上りの遊びです!
*山麓のキャンプ場に下ればコインシャワーもあり。
マウントフィールドウエストやイースト登山、ライトトレッキング、湖が多いのでトラウトフィッシング、カヤック、写真、スキー、固有動植物ウォッチなどが楽しめるのですが、フィールドはジュラシックパークを想像してください。あたりは原始風景が広がる世界遺産です。

つづく
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Cygnet

2015/04/18 10:30
ホバートから50kmほど南下したところの田舎町に移動します。
知人の紹介でご縁があり、モンツさん一家宅に泊めてもらうことになりました。
ここも100年以上前のお家を大切に使われています。
中庭にて
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タスマニアワインとアサヒスーパードライを頂きながら色んな話をしました。
(アサヒスーパードライはたまに売ってます)
特に現地の人目線で見る日本が新鮮です。
たとえば・・・
私はオーストラリアと日本が戦争をしたという認識はありませんでした。
*勉強不足ですが・・・
しかし現地の人たちの何割かはそうは考えていないという事を知りました。
第二次世界大戦では東南アジアで日本軍と激しく交戦しています。
日本との交戦で戦死された方の遺族が多数おられるという事を聞きました。
また、日本は東アジアの小さい国という以外はイメージが湧かない、インパクトがないというのが現地の一般市民の感覚であり、他には中国語と韓国語で話しかけられたこと多数で、顔が同じに見える!などなど。*当たり前ですけどね。

話は尽きることなく、MtフィールドのおススメHUT(ハットは小屋のこと)から政治や戦後の日本史、音楽のこと、古武道とはなんぞや・・とか、タスの仕事事情や失業率まで、幅の広いトークで夜が更けます。
翌日は南極海に続くビーチで静かな時を過ごします。
天然のカキが岩肌にあるローカルビーチにて。
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ありがとう!モンツファミリー!

つづく
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タスマニア島ホバート入り

2015/04/17 07:59
いよいよタスマニア島です。
州都のホバート空港へ入ります。
オーストラリアでシドニーに次いで2番目に古く歴史のある街です。
まずは買い出し。
CASCADEビール、タスマニアワイン、ガス、地図、釣竿、食料などを調達します。この街の小高い丘の上にバッテリーポイントという地区があります。ココの一角のシェアハウスを借りました。
いろんな国の男女と共同部屋の2段ベットで寝ます。
これがその建物ですが、1895年の建物です。
直して使いたおすところは見習いたいものです。
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シェアルーム(談話室)。120年も経過しているんです。
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サラマンカマーケット
土曜日の朝市ですが、何百という露店が並びます。
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釣具屋の店主に片言の英語で「食えるか?」と尋ねると、「やめておけ」といわれ、少しテンションが下がる。
「ホバートの湾を出れば食える!」といわれ少し南に行ったところです。
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釣りをしていたら若者二人が話しかけてきました。
適当な英語で話していたのですが、スノーボーダーの二人は、ニセコと白馬八方に行ったことがあると言っていました。
成田空港からニセコまでレンタカーで行ったというから、クレイジーと、かましておきました!
写真がタフな二人です。
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つづく

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タスマニアへ

2015/04/16 10:50
オーストラリアのタスマニア島から、東海岸バイロンベイへ。

長めの海外の旅を検討し始めたのはちょうど1年ほど前。
バンクーバー、コペンハーゲン、ベルリンなど、それらの国を良く知っている友達がいたので候補は3か国。
南半球のできるだけ南極に近いところにも興味があったのですが、全く知識がありません。
たまたま昨年の秋に、山岳ガイドの上野氏と知り合いました。
上野さんはタスマニアの原生林に惚れてしまい、サラリーマン生活をやめてタスマニアントラックというガイド会社を立ち上げられます。
日本国内の山々やタスマニアの自然を案内することを生業とされています。
上野さんとの縁もあり、タスマニア行きが現実のものとなりました。

そして、タスマニア島シグネットという、南極海に近い田舎町在住のミュージシャンで古武道の大好きなモンツさん宅でステイさせてもらい、タスマニアの遊び方や、攻め方を教えてもらったのも、この旅の成功の大きな要因となりました。
現地在住の人から見る日本も、私の固定概念を打ち砕く楽しい思い出となりました。

さて、オーストラリア・タスマニア州についてですが、この島はオーストラリアの南に浮かぶ島です。
南極海に面し西は南米のアルゼンチンとチリにまたがるパタゴニア、その西は地球を1周してニュージーとタスマニアにもどります。
*南緯40度以南の陸地は、パタ、タス、ニュージー、南極のみです。
西に文明が無いという事と偏西風の原理から考えると、空気の汚染度が低い島としても有名です。
島の20%以上が世界遺産であり、タスマニアンデビルなどの固有動物が生息し、文明とは隔離された原始的な光景がのこされた(保護された)貴重な島でもあります。
この島は監獄の島でもあります。
イギリス植民地時代は多くの受刑者が送り込まれ強制労働をしいれられた歴史があり、白人によるアボリジニーの掃討行為やハンティングの的にされたこと、原生林の伐採など負の遺産もたくさんあります。
恐竜が出てきそうな原始的な自然風景+そこに文明が混在するところが魅力的な島なんです。
書けばきりがありませんが、旅の記録をぼちぼちご報告させて頂きます。

まずは乗継のメルボルン
〜オーガニックマーケットにて〜
普通のハンバーガー屋さんのメニューの中に、ベジタリアン、ビーガン、オーガニックメニューのすみ分けのあることに、食文化の違いを感じます。
ちなみに私は何でも頂きます!
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そしてトラブル発生。
日付がかわる頃に空港に着いたのですが、ホテルの予約が出来ておらず空港で寝る羽目に・・・
子ども達よ・・どこでも寝れる事はいずれ最大の武器となるのだ!
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メルボルン空港にて
つづく




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テレマークスキー

2015/02/19 21:08
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先日、テレマークスキーでブナ林へ行きました。
私はもれなく、ついていっただけですが・・・
写真の皆さんは全員が大学のアルペンレーサーです。
テレマークに関しては初めての方ばかりですが大丈夫!
少しだけゆるいところで練習して、即森へ。
雪まみれになりながら、初めての感覚に大はしゃぎでした!
*写真は新潟妙高エリアですが、滋賀高島エリアにもきれいな森があります。

テレマークスキーレンタルやレッスンは、サーク テレマークスキー&バックカントリースキーをご紹介させて頂きます。初めての方からエキスパートまで対応してくれます。
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Power to the people

2015/01/10 12:23
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします!

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ブルースやジャズを奏でる避難者兼スタッフのシブいオヤジTさん


びわ湖123キャンプの取り組みとお願いです!(詳しく書くので長いです)

ささやかな取り組みではありますが、2012年の春休みより、震災支援子ども保養キャンプの企画や宿泊先として宿を提供しています。
親御さんの経済的な負担を考え、参加費は1万円程度(東北、関東からの交通費、宿泊費、食事代すべて含む)となっております。
この取り組みは、皆様の支援(支援の形は様々で、食材の差し入れ、カンパ、子どもと遊ぶ、裏方で掃除をする、スキーの指導をしてくれる、スキーを貸してくれる、食事を作るなど)でやりくりされている活動です。
夏休み、冬休み、春休みにキャンプを実施しており、2012年の春休みから14−15年の冬まで合計9回実施(高島市、大津市、京都船井郡にて)しております。
全国各地で行われているキャンプ全てが市民主導の状況です。



日本では保養キャンプというなじみのない言葉ですが、この目的や意義について少し、ご説明させて頂きます。
放射線量の高い地域から低い地域にある一定期間、移り住むことにより、体内に蓄積した放射性物質をデトックスさせ、低下した免疫を改善させる事で、被曝による様々な病気の発症をおさえる。
一時的ではあっても、汚染地から離れる事により免疫を回復させ、再度、線量の高い地域に帰るのですが、免疫が低下してくる数ヶ月後に、再度線量の低い地域に保養に出るという繰り返しを、成人するまで行い、安定した体つくりを目指す。
保養キャンプを行うことは、体内にたまった放射性物質を排出したり、免疫力を高めたりするうえで、大変有効な取り組みであることが知られています。



では、どのような方々にニーズがあるのかをご説明させて頂きます。
除染後もなお放射線量が高い、もしくは不安を感じる(もちろん個人差はあります)地域に多くの子どもたちが、事故以前と同様、普段通りの生活をしています。
生活しながら日々感じていること、例えば・・・
内部被曝、外部被曝の年間合計被曝量1ミリシーベルト以下だったものが、事故後20ミリシーベルトに引き上げられました。
国際基準っていうけど、その基準を作っているIAEAやICRPは原子力推進組織ときいているけど、その基準でホントに大丈夫なの?3年以上経過して暫定と言えるの?
地下水はどうなっているの?流通している海産物には放射性物質はふくまれていないの?
山林の除染は不可能で広大だけど、土壌に浸透した放射性物質の流れ出る川の水や、下流の農地、地下水や川の水を使用した農作物は大丈夫?
外遊びは、除染済みの公園はOKだけど、裏山散策はNG・・など、エリアが決められている状況で子どもを遊ばせる事自体、どうなの?
放射能被曝に閾値はなく、子どもだけでも対策をしないといけない!と訴える学者も多数おられるけど、日本政府の御用学者の定める年間20ミリシーベルトを信じていいの?
(世界中を探しても20ミリシーベルトを許容させる国はないようです)
〜補足〜
行政バッシングではなく、行政サイドの意見を取り入れながら、自分たちの子どもは自分たちの力で守ろうという野生的な感覚とアクションです。


感受性の高い子どもが、長期的な低線量被曝による将来の健康被害については前例がなく、一体どうなるのか誰にも分かりません。よって出来るだけ気にせず、もしくは気にしても状況が変わらないので、折り合いをつけながら生活している方は多くいらっしゃると聞いています。
捉え方は人それぞれですが、これら多くの疑問のなかで我が子の将来を案じ、何を信じていいのかわからない状況の中、言葉には出せない不安を抱き、押し殺しながら苦しんでおられる方が多数おられることは紛れもない事実なのです。


関西に住む私たちは東北や関東の方々と話す機会があまりなく、遠い場所や見えにくいところで、何が起こっているかを見落としてしまうかもしれません。
キャンプ中は、現地のご父兄の方々と話し合いの機会があり、様々なリアルなお話を聞きます。
学校や通学路、住宅の除染も行われていますが、以前の様に安心して屋外で遊ばせられる心境や状況ではないようです。
道端の草花を摘む、泥団子を作る、川遊びをする・・・
子ども時代の当たり前の一つ一つが将来の健康不安とひきかえに、「する?、しない?」の選択を迫られる日常に変わってしまった事をお聞きしました。


私たちは、そのような状況下で暮らす子どもたちの未来を案じ、滋賀で何ができるかを考えました。
宿をストロングポイントとして、何か具体的な支援方法がないか?
滋賀の普通のお母ちゃんとオヤジの集まりで実行委員会を立ち上げたのが、2011年の秋頃から2012年の年始だったと記憶しています。
そして、右も左もわからずでしたが、日々子ども達の無情な被曝を案じ、スピード感を最優先し、2012年の春休みに第1回目のキャンプを始めました。
本当に多くの方々の支援により、2012年の春休みから2015年冬休みまでの間で、滋賀と京都にて合計9回の子ども保養キャンプを行う事が出来ました。
(2015年1月現在、参加者数約430名、滞在日数150日)
毎回の事ですが、募集人数を上回る多数の方々が申し込まれます。
このことからも、私たちは保養キャンプの必要性を確信しております。



食事については、添加物を使用しない食材や調味料を使用し、無農薬、無化学肥料の野菜やお米中心の和食です。
本来日本人が食していたシンプルな食事を提供し、ご飯、味噌汁、野菜中心のおかずはデトックスを考えたメニューです。
これらも免疫力UPのための取り組みです。



何が正解でなにが不正解なのかは、確信したものはありませんし、合理的なやり方が他にもあるのではないか?とも感じています。
分かっているようで、わかっていないこともたくさんあると思います。
しかしながら、今出来るベストな選択を模索し、情報を見極め共有し、知恵を出し合い、実行する事が将来につながると考えています。
理屈だけを並べ、なにも実行しないというコトを避けたいと考えています。
すべての子どもたちが元気に大人になるまでとなると、途方もなく長い道のりを歩くかのように感じますが、これからも模索し続けたいと思っています。



というわけで、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
最後まで読んでいただきありがとうございました。



Power to the people !

*いつもお世話になっている、ジャーナリスト守田さんの合言葉を頂きました!


2015年1月10日 
店のおやじ



〜カンパ先〜
ゆうちょ銀行
口座番号00910−1−256985
加入者名
びわ湖123キャンプ実行委員会
一口1000円 (何口でもOKです)

他、いろんな仕事があるのでお問い合わせください!
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おしらせ

2014/12/25 07:56
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*写真はマキノスキー場
テレマークスキー始めてみませんか?
対象は初めての方や初心者の方です。
マキノスキー場や高島市内のエリアは、テレマークスキーで遊べる場所があります。
スノーシューもいいけど、歩いて滑れる機動力が魅力です。
ご興味のある方、お電話かメールでお知らせください!


近所在住の久我君、大瀬君、橋本さん、私たちがサポートします。
以下は、久我君の運営する「サーク テレマークスキー&バックカントリースキー」のウェブサイトより抜粋

スキーヤーやスノーボーダーはもちろん、雪が降ればスノーシューで森を歩いている方や雪遊び自体全く経験のない方でも大丈夫です。今シーズンはテレマークスキーを初めてみませんか?題して「テレマーク・デイ」!
 大阪や名古屋から約2時間、京都からは約1時間。かつてリフトが架かっていた滋賀県高島市マキノ高原スキー場の緩斜面にて、テレマークスキーの特徴である「歩く」ことをメインテーマに、歩き方、登り方、滑らせ方、ターンなどを1日講習致します。使用して頂くレンタルはターンのしやすいステップソールスキー(滑走面が鱗状にギザギザしているスキー)と柔らかなプラスチックブーツです。これから初める方に相応しい環境であり、テレマークを乗りこなす最も近道な道具で始めましょう。
 最初が肝心です。テレマークスキーを初めてみたい方にとって最高のスタートとなるよう、繰り返しゆっくりご説明致します。ゲレンデや森の中を歩いたり滑ったりしながら踵がフリーである道具の特徴を体感してみて下さい。もちろん時間の許す限り今後に使えるターンも目指しましょう。
 お申込の際、身長と靴のサイズをお教え下さい。 大瀬志郎 が担当致します。

期日

 1月4日〜2月下旬

•降雪次第で開催は前後致します。
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初冬のびわ湖

2014/12/05 16:52
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今日は自宅から見える山々に初冠雪です。
寒気の中を元気に遊びまわるカヤック屋のオッサンでした!
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歩く・そして狩る

2014/12/01 08:01
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先週は「世界の果てまでイッテQ」でおなじみ角谷ガイドと行くキノコ狩りトレイルに、多くのトレッカーにお越しいただきました。
皆さま本当にありがとうございました!
*写真は角谷さんと高島トレイルクラブのガイドの皆さんです。
ガイドのご紹介もさせて頂きます。
出発前。宿の前にて。
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メンテ中

2014/11/25 20:46
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食堂広間の建具を張替え中です。
板戸の裏(表?)には和紙を貼ります。
古いふすま紙をはがすと、下地には筆文字が・・。
天保〜年・・・。
(調べると天保は1830〜1844年頃。江戸末期。
ちなみに明治元年は1867年頃。)
*建具は江戸末期か明治位かと思いますが正確にはわかりません。

一二三館の母屋建物は築90年ほどです。
(1923年〜1925年にかけて建築。大正末期。)
なので、建具は再利用されていると考えられます。
(たまたま別件で来てくれた古材を扱う工務店さん談)
現代の使い捨て時代を少し考えさせられるのでした。
塗装と和紙の張替えにつづく・・・。


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塗装完了!
ドイツ製の自然塗料を塗り込みました。
あとは和紙の到着を待つのみです。
今日のヤフーニュースでたまたま見たのですが、和紙がユネスコの無形文化遺産に登録されたようです。
つづく・・・。


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和紙が到着!
初めて和紙を貼りましたが、まぁ上出来でしょう!
何となく気持ちが晴れやかです。
なぜ和紙を使ってみたのかというと・・・
みんなが知ってのとおりですが、石油加工製品に依存しすぎているので、少しだけでもいいから天然のものを使用し、そして出来るだけかつての日本人が使いこなした素材を使っていきたいと単純に思ったからです。(塗料はドイツやんけ〜・・・。)
まぁ細かいうんちくは置いといて、とにかく風合いがグッドなんです!
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囲炉裏をもらった

2014/11/03 12:03
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築120年の家に住むシローくんにもらいました
物置の中から出てきたというもの
天板はお寺の床板とのこと
天板をカットして年輪を数えると100年前後の物と判明
しかもタダ!
慣れない大工仕事も何となくこなし完成です
屋内に炎があると落ち着くものです


今週はトレッキングとテニスのお客さんでした
写真はエベレストなど8000m峰ハンター2名を交えての山談話中です
酒好きのお客さんのたまり場となりました
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カヤックのイベント

2014/11/02 11:58
先週、近所のカヤック屋さんで大きなイベントがありました。
*フェザークラフトカヤック専門店グランストリーム
フェザークラフトミーティングです。
夜は一二三館で高島市朽木産のシシ鍋パーティーをして頂きました。
私も参加させて頂きました。
次の日は漕いで、その夜は打ち上げをして・・・
遊びなのか、仕事が入り混じった有意義な時間でした。
メンバーは皆さんシンプルで愉快な人たちばかりでした。
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出発

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菅浦にてランチ
皆で菅神社にいきました

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竹生島を回って帰ります
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