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<<   作成日時 : 2015/05/21 14:15   >>

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3月から4月にかけて移動含む延18日間(それでも正直チョット足りない)タスマニア島を周遊し、オーストラリア東海岸のバイロンベイからゴールドコーストを経由して帰国したのですが、行く前に詰め込んだ知識やイメージと等身大のタスマニアとの溝を何となく埋めることができたように思います。タスマニア島といえばとにかく手つかずの原生地域と生物の多様性ですしそれに異論はないのですが、豪快で荒っぽい自然破壊の片りんがチラホラあった事も率直な感想です。とは言っても文明の近くに原生地域と動植物が完璧なまでに保護されているわけで、その事自体稀ではありますし何度でも訪れてみたい場所です。そして、残された筋金入りの原生地域は人間がアクセスしにくかったという理由のほかにも大きなポイントがありそうです。

タスマニアのナショナルパークの誕生について触れてみます。当時、開拓者サイドから見たら必要な開拓だったのかもしれませんがアメリカの西部開拓と同じように、原生破壊、支配、強制労働、アボリジニの駆逐などドえげつないパワープレイの歴史でもあります。(以下想像)利害関係が一致する牧畜業者、林業者、政治家、資本家、投資家、弁護士などのイケイケチームと自然破壊を食い止めるチーム(自然保護活動団体など)との摩擦が破壊スピードを緩める要因になったなのかもしれません。止めるチームの努力がなければ破壊から破滅、破綻に向かうスピードを加速させた事でしょう。(我が家もこの旅行で財政破綻しない様に真面目に精進します)もしくは、イケイケチームまでもが、「旦那この辺にしときやすかい!」と言わしめるほどこぞってギリギリまでやってしまったか?正確にはわかりませんが一つ確かなことは、「人間も自然の一部なんだぜ〜」ということを100年前に考えていた人間が存在し国立公園という形あるものにしていたという事実。自然保護のために権力者にもの申し、社会的にも政治的にも認知され市民権を得たからこそ多くのナショナルパークと保護エリアが成立したのかな?と勝手に推測してます。100年前の日本人は環境保護に対する意識が低かったというよりも必要性がなかったのかもしれません。明治の文明開化とはいうものの、まだまだ多くの日本人は動力に頼らず(あまりなかったという事も言えますが)牛の力と人力で田畑を耕し、土着的かつ質素であり、自然に融和し、祭られた神を崇め、自然への負荷は再生可能な範囲のものとして生活をしていたのでしょうし、明治生まれの祖父や祖母が実際そうでしたし、その昔の一揆のようにさし迫って突き上げる必要がなかったのかもしれません。このようなことは誇れる歴史なんでしょう。まぁこの辺の話はテキトーですのでスルーして下さい。

とにかく、タスマニア行きの決定打は手つかずの原生地域と恐竜が似合う太古からの冷温帯雨林に身を投じて何か感じるものがあるのではないか・・・という期待からです。*それとアドバイス頂いた色んな方々とのご縁のおかげです。とうとう中学に入ってしまうという娘(何だか寂しい)は入学式とオリエンテーリング合宿をアッサリ欠席しました。(よしよし)息子の始業式も同様です。(初めてではないですが…)戦前生まれの父は「旅行が理由で入学式にでーへんってか???」っと、西から昇ったお日さまが東に沈むくらいの出来事だったようです。僕はその時の空気を思い出してニヤニヤしてしまうのですが、当の子ども達はどうだったのでしょうか?さぞかし人生観ちゅーもんが変わったやろ!と押し売り気味に眺めていたのですが、関空に着いた子ども達の開口一番は、、、。やっぱ日本やで〜日本がイチバンやな!まずはうどん、それと寿司!ラーメンもええなぁ、USJ寄って〜?でした。(すべて却下ですけど)オイオイ、何を見てきたのかな?

これでいいのだ!


おわり

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